店舗周辺情報
長い歴史と多くの伝説のある 摂津市千里丘
鳥貴族千里丘店のある大阪府摂津市千里丘は、摂津市の北端にある地域です。
住宅街、飲食店、工場など近代的な風景が広がるエリアです。
鉄道では、千里丘1丁目には、JR東海道線千里丘駅が、千里丘東4丁目には、阪急京都線摂津市駅があります。それぞれ、大阪や京都方面に線路がのび、日々たくさんのお客が乗降しています。
鳥貴族千里丘店のある大阪府摂津市千里丘は、歴史の古い地域で、弥生時代くらいから人々が住んでいたのではないかと考えられています。その歴史の深さを如実に物語っているスポットが市内にはいくつかあります。
古いものでは、摂津市千里丘東5丁目には、明和池遺跡があります。
明和池遺跡は、昭和初期より、摂津市の歴史を紐解くものが埋まっているのではないかと考えられていた場所で、1933年に、池底の発掘調査が行われました。
その結果、弥生時代と古墳時代のものだと考えられる須恵器ほか数点が収集されました。
鳥貴族千里丘店のある大阪府摂津市千里丘には、弥生時代から人類が住んでいたことが判明した瞬間でした。
それから年月が経ち、発掘調査の技術や歴史研究も進んだ1987年のこと、明和遺跡では、再び、本格的な調査が実施されることになります。
その結果、土器、青磁、石器などが新たに発掘されたのでした。
それらの出土品から、明和池のある場所には、古墳時代より大規模な集落が形成されていて、土地を正方形に区画する条里制も敷かれていたことも分かり、また、その集落が存続していたのは、戦国時代あたりまでだと考えれられています。
戦国時代といえば、全国のあちこちで武将たちが群雄割拠して、戦が行われていた時代でした。
鳥貴族千里丘店のある大阪府摂津市千里丘の界隈も例外ではなく、その頃、摂津には、三宅城、黒丸城、一津屋城という3つのお城があり、それぞれ武将たちが居城して、権力を示していたと伝えられています。
そのなかの三宅城は、1553年、香西元成に攻められたのですが、そのとき難を逃れるため、城主の長女は、春慶尼と名を改めて出家したということがありました。
そして、敵の勢力を防ぎたいという思いから、防風庵という名の草庵をつくって摂津に隠棲したと伝えられています。
防風庵があったとされる場所は、摂津市千里丘一丁目の三宅小学校の南方の付近であり、現在も、防風庵跡として残されているんですよ。
鳥貴族千里丘店のある大阪府摂津市千里丘は、歴史の深い土地で、他にも、さまざまな歴史的エピソードが残されています。なかにはユニークなエピソードも残されています。
たとえば、摂津市千里丘3丁目にある金剛院(こんごういん)で起こった出来事です。
金剛院は738年、行基によって開かれたとされる古刹です。
古くより摂津の人々に親しまれてきました。
ときはさかのぼること鎌倉時代、村に盗賊がしばしば出没するという時期がありました。
ものを強奪されるので村人たちは困り果ててしまい、皆で金剛院に参り、本尊である薬師如来像に祈願します。
すると突如、金剛院の本殿から、何百匹という蜂(はち)が飛び出たのです。
そして盗賊たちのもとに向かい、あっという間に撃退してしまったのでした。それからというもの、村には再び、平穏さが戻り、村人たちは幸せに暮らしたのだとか。
いつしか寺号を、蜂熊山蜂前寺(はちくまゆあまぶうぜんじこんごういん)と称するようになり、金剛院の境内にはそのときに死んだ蜂が、武具とともに埋葬されていることを示す供養塔が立っているのです。
このように、鳥貴族千里丘店のある大阪府摂津市千里丘は、弥生時代の土器が出土する遺跡があったり、蜂が盗賊からまちを守った伝説が残されているなど、長い歴史に彩られた地域です。
どうぞ大阪府摂津市千里丘外のみなさまも、大阪府摂津市千里丘、
そして、ジャンボ焼き鳥の 鳥貴族(千里丘店)に、お気軽にご来店くださいませ。
